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ほろほろ日和 −回顧録・夢のあとさき− 私がステージデビューをしたお店は銀座にあるシャンソンの名店で、 ピアノ伴奏で歌手が歌う。ステージは毎晩4〜5回行われ、出演者は 3人から4人。新人は前歌と呼ばれ、一番最初に2曲歌い、後は順に キャリアの長い人につないで行く。店内は30人程入れる客席がグル リとステージを囲む様に配置されている。 「この子新人の浜田真実ちゃん。よろしくね!」 オーナーの紹介に促されてステージに立った時、お客様は3人だった。 「地味なデビューだな」 と内心思ったが、ピアニストに譜面を渡してスポットライトを浴びた途端、 完全に固まってしまった。頭の中、真っ白…。 今だかつて、自分だけにスポットライトが当たったことなんてなかった。 光がまぶしくて他のものはなにも見えない。この世界に私だけ…。 「何やってんの!自己紹介くらいしなさい!!」と、オーナーの怒鳴り 声にはっと我に返って喋ろうとしたが、舌が凍り付いて言葉が出ない。 「あ…は、え〜と、は浜田です。え……、ども」 お店のお客様、スタッフ、全員ずっこけた。 その後の歌は惨憺たる出来だった。 ステージ終了後、オーナーからボコボコに叱られ、私の歌手生活は 暗雲立ちこめる中スタートした。 レッスンは大切だが、やはり現場で生きるにはステージで華ひらいて 「ナンボ」の世界なのだと痛感した。たった3人のお客様でもお金を支 払って歌を聴きに来て下さっている。私はプロになったのだ。重みが 違う。 初日に手にしたギャラは1日6000円。上手くなりたいと痛切に思った。 毎晩鏡の前でニッコリ微笑み「こんばんわ!浜田真実です」と練習した。 どうしたら良い歌が歌えるか、どうしたら喜んで頂けるかを手探りで探し 続けた。失敗と恥の数は半端じゃなく増えたが、諦めたくはなかった。 これは、私が私自身を表現することで得た初めての仕事だったからだ。 この仕事を手放す訳にはいかない。やっと好きなことでごはんを食べら れるようになったのだ。本物になりたいと思った。 ありがたいことに、しばらくすると仕事の声がかかるようになった。 デパートの催事場で、バーゲンの品を漁るおばちゃんたちの背中に向 かって歌った。地方の小さな食堂でも出かけて行って歌った。通り過 ぎる人たちが私の歌で立ち止まってくれますようにと、願いながら歌っ た。 歌い始めて2年後に、憧れていた「銀巴里」のオーデションを受けた。 銀巴里は戦後からある老舗のシャンソン喫茶なので、オーディション の競争率はとても高かったが、運良く合格してレギュラーに決まった。 初めて銀巴里を訪ねた時に、度肝を抜かれた凄い先輩方ともご一緒 する機会を得た。狭い楽屋の中で「今一緒の空気を吸ってるぞ!」と 思うと嬉しくてゾクゾクした。 「真実さん、次はこれ歌って下さい」お客様からリクエストカードが届く。 聴いて頂くことで私自身も幸せになれるのだと、この時初めて気が付 いた。 歌い手になって本当に良かった。スポットライトの光と影が交錯する 中で生きている、たくさんの魅力的な人たちとの出会い。ステージの 緊張感、お客様の笑顔。全てが宝物だった。 嬉しくて嬉しくて、朝目を覚ますと、今日はどんな素敵なことに出会える んだろうと、自分の毎日に胸がときめいた。 「あれ?何だろうこの感じは…」 それは、ある日突然やって来た。妙な違和感がジワジワと潮が満ち るように押し寄せてくる。変だな。夢が叶って幸せなはずなのに、どう したんだろう。 私は、29歳になっていた。 歌っていても楽しくない。居心地の悪さを感じて苦しい。気持ちだけが 空回りをして焦ってくる。このままではいけないと思った。 もっと確固たるものを掴まなければ…。漫然と与えられたレパートリー を歌うだけでは進歩がないのだ。 もっと、私自身を表現出来ないものだろうか。ジャンルに囚われること なく、私の世界を創造し、歌ったり表現したりすることは出来ないだろ うか。 その時目に止まったのは、本棚に眠っていた1冊の文庫本。アンデル センが書いた「絵のない絵本」という風変わりな物語だった。月が貧し い絵描きに、自分が見てきた世界中の出来事を語って聞かせる、月が 語る美しい千一夜物語だった。 これだ!私は芝居をやっていたのだから、言葉で語ることが出来る。 この原作を元に、語りとオリジナルの歌で綴る実験的なコンサートを 創ってみたい。 私は当時知り合ったばかりの凄腕のギタリスト、伊藤芳輝さんに声をか けた。 伊藤さんとふたりで「ネペンシ(妙薬)」というバンドを立上げ、オリジナル の楽曲を創り、コンサートで発表することにした。 伊藤さんとのつながりから、ピアノのウォン・ウィン・ツァンさん、タブラ の吉見征樹さん、ベースの水野俊介さん、ヴァイオリンの太田恵資さん という、これまた一流のミュージシャンの方々がコンサートに出演して 下さることになった。 ジャンルなどにはこだわらず、楽器ひとつで自分の世界観を表現する 人たちとのセッション。私にとって新たな冒険が始まった。 歌と言葉と即興の演奏で綴る「絵のない絵本」という新しいスタイルの コンサートは、シャンソンのライブと平行してシリーズ化し、渋谷のジァン ジァンという小劇場で年2回の公演を行った。 公演回数を重ねるごとにお客様の数は増えたが、私の中に巣食った妙 な違和感は消えなかった。私は車のアクセルを踏み込むように、益々 速度を上げて走り回るようになっていた。 それと同時に、私の耳に飛び込んで来たのが世界各国の民族音楽。 素敵なミュージシャンたちとの出会いから知った、さまざまな国の独特な 音とリズムが、ガサついている心の中に響いて来る。 初めて聴く音楽なのに、限りなく懐かしくて温かい。 人はみんな、血の中に切っても切れない生命の音楽を持っている。 民族の音楽は人間の生命力の発露そのものだ。だから、聴く者の魂の 深い部分が共振する。 歌とは本来そういうものだ。それが本物の歌だ。だとしたら私の歌って? 私の血の中にある音楽って、何…? 違和感が、大きな裂け目になって私を飲み込もうとしている。 私は誰?立ち竦んでしまった。 |
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