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ほろほろ日和 −回顧録・タンポポの花−


私の根っ子は何処にあるのだろう。何を歌って行きたいのだろう。

答えの出せない問い掛けが、身体の中で渦を巻いて暴れているような
気がした。そうこうしている内に、ステージの前になると酷く咳き込むよ
うになった。歌おうとすると呼吸が苦しくて声が出せない。それなのに、
病院で検査をしてみても、異常が見つからない。

歌う事が辛かった。

ある日、六本木のシャンソンのお店で、ぼんやりとお客様を待っていた
時だった。ステージの前にピアニストが指慣らしで弾いていた曲に、心
が奪われた。東洋的で素朴な旋律。初めて聴く曲なのに、懐かしさが
こみ上げて来る。

「その曲、素敵ですね。映画音楽ですか?」とピアニストに尋ねた。
「え?これネ、ひえつき節」
「は?」
「宮崎県の民謡でね、ひえつき節っていうの」

民謡といえば、こぶしコロコロ、アラ、エッサッサァ〜!の世界しか連想
出来ない私は、今聴いた美しい旋律と民謡という言葉が結びつかない。

「民謡…?すみません、もう一度聴かせて下さい」

私は周囲の人が呆れるほど、何度も何度も「ひえつき節」の演奏をせが
んだ。ピアニストの方は何かを感じたのか、翌日「ひえつき節」の譜面
をプレゼントして下さった。

「庭の山椒の木 なる鈴かけて ヨーホイ
   鈴の鳴る時ゃ 出ておじゃれよ」

稗搗きの農作業中に歌われるこの歌は、平家のお姫様・鶴富(つると
み)姫と源氏の追手方・那須の大八の恋物語が歌い込まれている。
敵方の人間を好きになってしまった男と女の物語だ。

「逢いたい時には、庭の山椒の木に鈴をかけておきます。鈴が鳴る時
 には出て来て下さい。」という切ない歌詞なのだ。

知らなかった。民謡って、こんな艶っぽい歌があるの!?
メロドラマっぽいシチュエーションに弱い私は、いっぺんにひえつき節
のファンになってしまった。

今まで民謡のことを誤解していたのかもしれない。観光客目当ての、
お国自慢の歌が民謡だと思い込んでいた。
何て不勉強だったのだろう。こんなにも情感にあふれた美しい歌があっ
たのだ。

民族音楽は、それぞれの民族の生命の輝きが、凝縮されてその中に
現れている。その素朴さ、飾らなさ、逞しさ。それは生きている人間の
姿そのものだ。日本の民謡だって、立派な民族の音楽だと思う。何故
今まで気が付かなかったのだろう。

胸の奥がサワサワと動き始めた。

「ねぇ、ママ。おうたうたって」

まだ言葉の覚束ない娘が、おうた、おうたと私にせがむ。「ひえつき節」
を初めて聴いた日から、7年が過ぎていた。原因不明の咳が完治しな
いまま、私は歌うことから離れてしまった。

だが、子供は容赦ない。私の体調などお構いなしに、とにかく歌えと
全身で迫って来る。
「うん、いいよ。何を歌おうか?」
「うーんと、えーっと…かたちゅるみのうた!」
かたつむりの歌か…。

忘れていた童謡やわらべ歌を記憶の底から捻り出す。
「でーんでんむーしむし…」それだけのことで、娘は幸せそうに満足する。

「なべなべそこぬけ」「ひらいた、ひらいた」「いっぽんばし、こちょこちょ」
娘と遊びたくて、思い出しては振りを付けたり、手遊びを入れたりして
歌った。歌詞が怪しければ、適当に作詞しアレンジして歌う。下手でも
いい。楽しめればいいのだ。いつの間にか、咳き込むことがなくなって
いた。

歌うことの原点がここにあるような気がした。生活の中に自然に存在
している歌。コミニュケーションの道具としての歌。そして、日本人なら
誰でも歌える日本語のやさしい歌。

あれ…?そうか!そうだったんだ!!歌うってそういうことだったんだ。
歌を仕事にしたから、頑張って頑張って疲れてしまったんだ、私。
歌はもっと身近なものだった。呼吸のように自然なものだった。

「み〜っちゃん、あそぼうや!」「ええよ、まっとってや」
そういえば、幼い頃のこんな会話も、きちんとメロディーとリズムがあっ
た。これは、立派な掛け合いの歌だ。誰に教わったというわけでもなく、
近所の子供たちは、みんな同じように歌っていた。しかも生まれ育った
土地の言葉で、喋るように歌ってた。

「お前のかーちゃん、でーべーそ!」っていうのもあるな。
「あーそぼ」「いーれて」「ちょうだい」こんな他愛ない言葉にだって音程
とリズムがある。歌になっている。

わらべうたは私の中にあった。いつでも側にいた。幼い頃の友達だっ
た。これが私の原点だ。そして、日本人の歌の原点のはずだ。

わらべうたが発展して子守唄になり民謡になる。民謡が素晴らしいと
感じるのはごく自然なことだったんだ。忘れていただけ。あまりにも当
たり前のことだったから、気付かずに通り過ぎてしまっただけだ。
足元に咲いているタンポポの花のように。

身体に中に固まっていたものが、ゆっくりと溶け始めた。
もう一度、歌いたいと思った。

思いつく限りのわらべうたや民謡を歌ってみた。こぶしがまわせなくて
明らかに下手っぴなのに、そんなことはどうだってイイと思えてくる。
それぐらい気持ちがイイ。

いろんな自治体に電話して、各地の民謡のCDも集めて聴いてみた。
これもイイ!現代風にアレンジされた物でなく、地元の歌い手が素朴
にとつとつと歌っているものなんて、最高。胸に沁みて泣けてくるのだ。
私の血の中には民謡が流れている。私の根っ子が感応している。

民謡を通して、かつての美しい日本の風景、日本の人々が見えて来
る。私は民謡のCDを制作することにした。何せ歌い手が私だから、
地元の人たちのような訳には行かない。風変わりな民謡のCDが出来
ることは間違いないが、民謡の中にある「心」を伝えられたらと思って
いる。

近所の原っぱで、娘はタンポポの綿毛を吹いて飛ばしていた。四方に
散った綿毛は頼りなげに、でも確実に、風に舞い遠くへ遠くへと拡がっ
て行く。
私の歌が、いつかはこんな風にやわらかく拡がって行くといいのにと
思いながら、いつまでも見つめていた。

上京してから24年が過ぎた。
ようやく肩の力を抜いて「この道」を歩ける時期が来たのかもしれない。

私の歩く道には、いつでも静かにタンポポの花が咲いている。


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